「過去と他人は変えられない」
けれど自分の妥協点を見つけて受け入れられる線があれば生きやすくなる。
つまりはより社会に馴染んでいくためには時に相手を許す事を覚えると楽なのだろう。
それを如実に描いているのはアニメにもなっている
「すべてがFになる」
に登場する真賀田博士の言うところの
「人間は生まれた時は皆天才、大人になるにつれてバカになっていく。
だから社会に適応し世間話が出来るようになる」
その意味の重さが段々理解できるようになった。
本当にその通りだと思う。
今はわかりやすく伝えることが出来ないが、大人になるという事は
自分の欲求を抑えて妥協しながら生きていくことなのだと思う。
子供のように素直に自分の考えや意見を通す事が出来ない事がわかる。
それが自由な発想を奪い、システムに組み込まれていくことが「大人」なのだろう。
そうすることで他人との距離をおき、自分を守れる一つの手段になる。
アインシュタイン博士は多分子供だったのだろう。
周りの意見など気にせずに自分の自由な発想と思考で世に名を残せたとしか思えない。
レオナルドダヴィンチも整然には知名度が全くなかったにもかかわらず、死後になってから有名になったと聞く。なんて皮肉で残酷なのだろう。
「有名」であることが生きているうちであれば生活にも困らなかったはずが死後になって「有名」になったと本人が知ったらどんなふうに感じたか…。さぞかし後世を恨んだだろう。
「生きている事が病気」
だという真賀田博士の言う事は共感できる。
この一言はとても深い。
これは私なりの想いであり、憶測である。
違うようにとらえる人もたくさんいるだろう。
それはそれで。
ただ私の見解はこうであり、納得できるようなくらいにバカになった。
多分それだけなのだと思った。