
あなたは大好きな人や物を失った経験がありますか?
その時にどんな気持ちでしたか?
残酷な質問かと思います。
けれども 「 生きている 」 以上は己を含めて避けては通れない規則です。
私たち生物の宿命 ・ 課題です。
これは私の主観ですが最近の社会風潮として「死」は触れてはならない「タブー」のように
触れてはいけないもののように扱っているような気がします。
例えば子供の教育上、動物の死体や人の死になるべく見せないようにして
関わらないようにさせているように見えます。
それはどうしてなのでしょう?
だれにでもいつでもそれは起き得る事なのにその姿を見て
「 感情 」 を生ませることは非常に重要な事だと私は思います。
幼い頃に身近にそう言った経験がないと年齢を重ねるたびに
「 死の形 」 に不安が生じたり、「 殺す 」 などという言葉を平気で使う・・・。
「 命の大切さ 」 を教えるためには
「 大切な命 」 「 愛した命 」
を失った最期を知らなくては生の重みを感じる事は出来ないのです。
「 受け入れられない感情 」
その処理の仕方を年老いていく者達が語り継いで、その姿を見せなくていけないのです。
世界はきれいな事ばかりでない。
残酷で汚いものを目にしたときの負の感情を感じる事で
「 次に自分にできる事 」
を探す原動力となり得るのです。
受け入れられないものを受け入れられるようになった時、
初めて人は精神的に大きく成長するものだと私は思います。
個々の命には限りがあり、永遠ではない事。
それをあまりにも大切に考えていない、考えようとしていない人が
多いように感じます。
立ち上がれないくらいつらさを感じたら誰かに頼って良いのです。
その気持ちを共有してもらえる、同じ気持ちを知っている人がいる
それだけで安心感が生まれるのです。
自分の気持ちが整理できなければ誰かと一緒に考えてもらえばいい。
それは「 こうしたら良くなる 」 「 こうしてみたら? 」
という身近な人たちのアドバイスではないのです。
ただ気持ちを丸ごと受け入れてくれる存在。
どんな感情も 「 良い 」 「 悪い 」で決めつけられるのは
苦しいだけなのです。
私はあなたの気持ちを第一に受け入れます。
わたしにとっても辛い作業なのです。
しかしカウンセラーという職業の最も大切な部分です。
もしあなたが迷っているのなら私もあなたの隣に立って道を探します。
無理に他人の意見を受け入れる必要はないのですから・・・。
それが私の仕事です。