医学によって活かされ、医学によって殺される。

人生100年時代、と謳うCMが嫌いです。

確かに医学の進歩で飛躍的に寿命が延びた事は間違いありません。保険のCMの中で「長生きするリスクの為に保険に入った方が良い」というチクリとした嫌味…が私は何とも好きになれない理由だと思います。

そう。

医学の進歩により寿命が延び人生を謳歌出来ればいう事はありませんが身体の衰え、つまりは細胞の劣化は変化なくただ呼吸をする毎日であればどうなのだろうか?と私は考えるのです。誰かに迷惑をかけて生きていくのは仕方ないけれど動かぬ身体をただ活かされていくのは多くの若い人達の負担になってしまうだけなら心臓と呼吸を止めてもらいたいと願わざるを得ないのです。しかし現代の日本では尊厳死も安楽死も容認されておらず、本人も家族も苦しんでいる場合が潜在的に多いのではないかと思います。色々なケースも考えられて安易な選択はすべきではない事もわかります。例えば本人はまだ生きたかったのに誰かの恣意的な意思により安楽死をさせてしまう事や遺産相続目当てで他人の生死を操作するリスクも出てきます。さながら推理小説の如く。正当な選択が確立される保証はどこにもないのです。今のところは。自分の意思なのか、他人の故意なのかを判断する方法が見つからないからだと思います。


さて。

長生きしても幸せであるとは限らないし、短すぎても不幸せであるとは言えないとなるとどの程度が丁度いいのか?という話です。

そんな事は誰にもわからないし、自身に問うてもわからないでしょう。

人それぞれなのです。

いくら若くありたいと願って見かけを繕うても細胞レベルではかなりのダメージを受けており若い細胞に蘇る医学はありません。

細胞の中にある「アポトーシス」という自殺因子が細胞の活性化のサイクルを作っていて、ある一定の時間が経ったら細胞も寿命を迎えて死んでいき次の細胞へと代を渡していくのです。見えないところで毎日体の一つ一つが生き死にを繰り返しているのです。

「生きることは死んでいくこと」と言われるように日々あるいは秒単位で死に近づいているのです。もしもこの理を覆してしまったら…人類は滅びていくと想像します。不死という概念。

死人を生き返すという概念。求めてやまない禁忌の学問でしょう。

ある人にとっては幸せであっても、本人あるいは不特定多数には不幸な事かもしれない。それを忘れてはいけないでしょう。

つまり医学の進歩で長生きできる、不死になれる事で起きる不幸についても良く考慮して私達は生きていく選択をしなくてはいけないと考えるのです。

多種多様な思考を一つに収めようとする方が良くないと思いますがそれだけ選べるようになった以上、自分の強い意思で選んで生きていき自らの想いに責任を持たなくてはいけないでしょう。誰かのせいにするのは簡単ですが、人は自分に都合の良くない事は他人のせいにしてしまいがちです。全てを背負う必要はありませんがせめて自分の人生や選んだ事には責任を持つべきだと思います。

明日とも言わず、次の一秒には何が起きるかわからないのは年齢、性別、学歴などとは無関係に等しく誰にでも起こり得るのです。その時、あなたは自分の人生に起きた事に感謝できますか?誰かのせいにして怨みますか?どちらもあって当たり前です。でも大事な事は他人の考えでなく自分の人生をどう選択して生き、真剣に生きてきたかどうかで自分の人生を精算出来ると思うのです。

皆さんはどう生きますか?






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